人が集まるところに適応課題は常に存在する

第1回目は、宇多川元一さんの『他者と働く「わかりあえなさ」から始める組織論』について。

今回は第1章を読んだ感想をまとめます。

『他者と働く「わかりあえなさ」から始める組織論」を読み始めたきっかけ

そもそもこの本を読もうと思ったきっかけですが、人間関係を上手に築いて仕事を円滑に進めたいと考えたからです。

正直に言えば、僕は自分で仕事がそれなりにできると思っていました。

というのも、社会人になってから10年ほど経営管理担当者として、会社にあるデータを分析し、経営層に対してレポート業務を行っていました。

データをあらゆる角度から分析し、なるべくバイアスがないように、全体を明らかにして分かりやすくレポートしていました。

しかし、2017年に現在の会社に転職して以来、全く仕事ができない人間になってしまったと自信を喪失していました。主な業務は人材マネジメントなのですが、今までの業務と違う点は人を動かすということです。

これまでは自分が手を動かして、自分一人で経営に対してレポートをしていました。しかし、今度は自分が手を動かすのではなく、部下に対して指示し、仕事をしてもらうことが仕事になっています。

”自分だったらこうするのに”とか、”なんでこんなこともできないのか”など、そういう風に思うことが多くなりました。経営管理業務をしていたときには感じない感情を抱くようになり、イライラすることも増えました。

だから部下も僕のことを嫌いになってきますし、人間関係が最悪になっていくので、仕事の成果をなかなか出せない負のスパイラルに入ってしまいました。

こうした状態を解決したいと思っていたときに、出会った本でした。

技術的問題から適応課題へ

この本を読んで、すぐに納得したことが1つありました。

それは僕らが仕事をしている中で目の当たりにしている問題は2つに分類できるということです。

1つ目は既存の知識、理論で解決できる技術的問題です。例えば、会計知識を使って企業価値を算定するバリュエーションなどです。これは決められた公式に当てはめれば、誤解を恐れずにいうなら誰がやろうと同じ結論が導き出せる問題です。

2つ目は既存の知識、理論で解決できない問題です。つまり適応課題です。この適応課題は人間関係に依存する問題と言えます。

例えば、会社の持続的成長という大きな目的のために協力関係が必要なはずなのに、部門間のミッションが異なるせいで、協力的に仕事ができないケースがあります。

このように仕事での問題を2つに分類すると、僕が経営管理業務で取り組んできた問題は技術的問題が多かったと感じました。しかし、今の仕事は圧倒的に適応課題なのです。

早くこのことに気付ければ・・・と思いましたが、このタイミングで理解することができて本当に良かったと思っています。

適応課題を解決するために”対話”をする

この適応課題という問題にアプローチするために、もう1つ大事な概念があります。

それは人間同士の関係性についてです。

哲学者マルティン・ブーバーの考えということですが、人間同士の関係性は2つに分類することができます。

1つは「私とそれ」の関係性です。例えば、「私と上司」や「私と部下」など、相手を役割で捉えることです。

もう1つは「私とあなた」の関係性です。上記の例で言えば、「私と山田部長」とか「私と鈴木くん(部下の名前)」とかです。肩書きや役割ではなく、相手個人そのものとの関係性です。

これまで仕事が上手くいかなかった原因の一つに、こうした「私とそれ」の関係になっていたということに気付きました。この気付きは自分にとって大きな前進でした。

そして、「私とあなた」の関係性を築くために必要なことが”対話”です。対話とは、新しい関係性を構築すること。

これを実現すべく、部下との1on1ミーティングを積極的に行い、仕事の枠を越えた個人間の関係を築くことが出来そうな予感がすでにあります。やはり感じたことや気づいたことは実践することが大事ですし、繰り返し継続していくことに意味があると感じています。

自分のナラティヴを脇に置いて、相手のナラティヴを知る

対話をするための第1歩として、相手に変化を求めるのではなく、自分から先に少し変わる必要があるということもポイントであると感じました。

何か別の本で読んだのですが、「過去と他人は変えられない」。こうした考えもありますし、これに対してそれなりに納得しているので、自分が変わる必要性があることもスッと入ってきました。

自分の何を変えるのか。それがナラティヴです。ナラティブとは、その人の経験や知識から生まれる考え方の枠組みのこと。

人はみんな、それぞれ異なったナラティヴを持っていますから、自分のナラティヴを一旦脇に置いておかなければ、やはり議論は平行線になるでしょう。

したがって、自分の考え方の枠組みから抜けて、一旦相手のナラティヴに嵌ってみる。すると、そういう考え方もあるよね、とすんなり話を聞くことができるようになります。

僕は実践する中で、自分のナラティヴを完全に置き去ることがまだ出来ていないなと感じます。これは結構難しいことかもしれません。

その場では理解出来ても、その議論を終えてふと考え直してしまうと、自分のナラティヴで考えてしまうので、結局自分の言い分が正しいのでは?と思ってしまうこともしばしばあります。

これについては、対話の具体的な方法をもう少し学んで実践することが解決になるのかなとも思っています。

次回は第2章の書評を書きたいと思います。

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